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韓国ドラマ・『美男ですね』の二次小説サイトです。 テギョンとミニョのその後や、さまざまなシチュエーションでのハッピーエンド・ストーリーを描いていきたいと思います。

カテゴリー「初恋」の記事一覧
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 はあ、今度は俺?
 ジェルミ、ミニョ、テギョンときて、やっぱり、俺も初恋話しなきゃいけないわけ?
 ジェルミのように劇的!(笑)でもなく、ミニョのように無垢でもなく、テギョンのようにブラックでもない、俺の初恋はごく普通のものだよ?
 それより、お前の方が先に話した方がいいんじゃないか?ミナム。
 まあ、いいか。
 俺の初恋は…普通に高等部の時の同級生。
 生真面目な表情がいまでも記憶に残っている。

 イン・テヒ。
 俺と彼女は中等部の頃からのクラスメートだった。
 中等部の頃から成績はトップクラス、クラス委員を務め、品行方正。
 明るくて誰にでも親切で非の打ちどころのない優等生。
 かたや俺も、世間一般にはそう思われていた。
 一々逆らうのも面倒で、へらへら笑って裏でストレス発散して、でも退屈。
 そんな毎日を過ごしていた。
 それがなんで、テヒと付き合うようになったのか…。
 今思えば、まあ成り行きなんだよな。
 誰もいない放課後の教室。
 俺は担任に呼ばれて明日の授業の準備を手伝って、帰りが遅くなっていた。
 夕方の長い影が、開かれた教室のドアから長く伸びている。
 …まだ、だれか残ってるのか?
 覗いてみると、一つの机の前で一心不乱に雑巾がけをしているテヒの姿があった。
 あれは確か、一部のクラスメイトにいじめられていたテ・シガンの机。
 毎日、物を隠されたり、落書きをされたり。
 確か、最近はそういうことも減ったはず。
 クラス内でも信望熱いテヒが庇っていることと、まあ、俺が担任教師に頼まれていじめっ子の奴らを牽制したことが功をなしていた。
 本来は、いじめられっ子を庇うなんて面倒なことなんだけど、クラスの連中の無言の期待を裏切るのが面倒でそんなお節介をするハメになった。
 「…何してるんだ?」
 俺はいわずもがななことを尋ね、手に持っていたノートの山を教壇の前におろす。
 「カン・シヌ…。まだ、帰ってなかったの?」
 「ああ、先生に頼まれてな。なんだ、最近、おさまったと思ってたら、お前が消していたのか?」
 「うん、まあ、毎日じゃないわよ。あなたが一言いってくれたおかげで、あの子たちも大っぴらにちょっかいだすのはやめたみたいだし、今日は久々ね」
 「義理は果たしてるんだ、そこまでやってやる必要ないんじゃないか?」
 「義理って…、別に義理なんかないけど、たまたま目に入ったらほっておけないじゃない?」
 俺にはわからない心境だ。
 たまたま目に入ったら、俺なら普通に無視する。
 「ふ~ん、暇なんだな」
 テヒは困ったように小さく微笑んだ。
 「暇なのはあなたじゃない?カン・シヌ。いつもつまらなそうな顔してるわよ?」
 言い当てられてドキッとした。
 何を考えているかわからないと言われたことはあっても、俺の本当の気持ち…何しててもつまらないというのを言い当てられたのは初めてだったんだ。

 勉強もした。
 スポーツもした。
 友達も作った。
 …喧嘩もそれなりにした。
 マ室長の伝説、あれはさすがに作りすぎだけど、当たらずとも遠からず。
 それなりにはヤンチャもしたよ。
 でも、何しててもつまらない。
 だって、できないことがないから。
 ちょっとやれば、それなりに小器用な俺はこなせてしまって夢中になれることがない。
 母親譲りのこの甘いマスクで軽く微笑めば、どんな女も簡単に俺に落ちてきた。
 恋したことこそなかったけど、高校生としてはかなり濃密な女性関係も経験していた。
 それからなんとなくテヒが気になるようになり、それとなく観察するようになった。
 俺と同じように小器用だと思っていたテヒが実は努力家だったこと。
 なんでも楽しそうに学び、遊び、友人を作っていた。
 顔立ちはごく普通、中の中。
 でも、内面の輝きが外にでいて、学内の男子たちにもそれなりの人気があった。
 付き合っている男はいない…。
 ついついチェックなんかしていて、気が付けば俺はテヒに付きまとうようになっていた。
 まあ、周囲の連中もテヒも俺が付きまとっているなんて気が付いてなかったと思うけど、さりげなくテヒの交友関係の仲間に入り、もともと一緒だったクラス委員に力をいれ、できうる限りテヒと接触を持つべく動いていた。
 はあ、なんだかアレから成長していないな、こうして改めて思い出してみるとミニョの時とパターンが一緒だ。
 いや、むしろ今の方が退行してるのかもな。
 それでも当時は、なんとかテヒのそば近くに、ほかの男どもより先に接近していた。
 テヒには俺以上に親しくしていた男はいなかったはずだ。
 実は、俺のギターもきっかけはテヒだった。
 当時、学内でバンドを組んでいたテヒのバンドメンバーはギターリストを探していた。
 テヒ自身もギターを弾けたけど、ボーカルを担当していて、専属のギターを欲しがっていたんだ。
 俺自身はそれほど経験がなった。
 けれど、テヒがギターを愛用しているのを知り、テヒに近づくために手にしたのが最初。
 いつの間にか、俺はテヒの腕前を超え、テヒのこと以上にこのギターにのめり込んだ。
 そうだな、テヒの思い出といえば、ギターの思い出とも密接に絡み合ってるから、俺にとってテヒは忘れがたい女でもあるのかもしれない。
 テヒの指先から奏でられる音に俺は惹かれた。
 自分の指先からあふれ出る音に俺は恋してしまった。
 俺って結局は、ナルシストなのかもな。
 思わず苦笑してしまう。
 「テヒ、俺と付き合わない?」
 「…うん」
 俺とテヒが出会って一年目…。
 そして、俺とテヒは俺がA.N.JELLのメンバーとしてスカウトされ、ソウルに上京した日までの一年間を共に過ごした。
 俺は、そのまま続けよう…付き合うことを、とは言わなかった。
 テヒも俺がソウルに行くと決めたあの日、すでに別れを承諾していた。
 とても、ソウルとプサンの遠距離、アイドルとして私生活を制限されるこれからの俺の立場から、続けていけるとは思わなかった。
 そして、たぶん、テヒもそう思っていたんだろうな。
 俺たちに修羅場はなかった。
 ただ、俺がプサンを発つ前の日、初めて互いを認識した放課後の教室で、二人でたくさん、おしゃべりをした。
 互いの夢のこと、恋のこと、将来のこと。
 そして、別れの口づけを交わした。
 「さよなら、テヒ」
 「…さようなら、シヌ」
 今頃、彼女はどうしてるだろう?
 まだ、結婚したという話は聞かないから、きっといまも楽しそうに人の世話を焼き、自分の人生を頑張っているのだろう。
 俺もまた、歩き出せるかな。
 無感動な俺がテヒを失いつまらなくなって、そしてミニョに出会った。
 ミニョは俺から去ったけど、また、新しい出会いが俺にもやってくるのだろう。

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 冷たい雨がテギョンの頬を流れ、まるで彼の流すことのできない涙のように静かに流れ落ち続ける。
 …別に、いつものことだ。
 彼自身を見てもらうことができないのは。
 家を出て、A.N.JELLのメンバーとなって以来、彼の身の上ではなく、彼の才能だけを評価されてきた…そう自負している。
 だが、彼の音楽的才能だけでなく、彼自身をひょっこりと覗かせると、こうして思い起こされる。
 この世のどこにも、彼自身を見て、彼自身に語り掛けてくれる存在などいないのだと。
 何もかも汚い。
 ギョンセと自分を捨て去った彼の母モ・ファランも、祥子をファランの代わりに愛し、自分の都合で捨て去った父・ギョンセも、事務所の利益のために(それだけでないにしろ)祥子をギョンセから引きはがしためぐみ、そして、そんな連中に対するあてつけのためだけにテギョンを利用した祥子。
 『自分だけ綺麗なふりなんかしないでちょうだい。あなただって同じじゃない?なぜ、私の手を振り払わなかったの?なぜ、私の手をとったの?ファン・テギョン。ママのキスが欲しい可哀想な王子様』
 思えば一度も彼の名前を祥子が呼ぶことがなかった。
 いつも彼を呼ぶときは、『王子様』。
 自分に振り向かない母親の面影を求めて祥子を身代りにした自分に、祥子や父の何を責めることができるというのだろう。
 人は何かを踏み台にしてしか、自分自身を立て直すことができない。
 けれど、だが…。
 「ヒョン、すっごい濡れてるじゃない!?」
 車を合宿所の門前にとめ、大雨の中傘もささずに合宿所のテラスにしばらく立っていたテギョンの全身はぐっしょりと濡れそぼり、張り付いた髪から流れる水滴が顔を流れ落ちてゆく。
 テギョンの歩いた後は、まるで濡れ幽霊のように水溜りを作っている。
 「…すまん、着替えたら後で、水溜りは掃除しておく」
 「ええっ!いいよ。気にしないで、早く着替えてきなよ。風邪ひくから、早く!」
 あたふたと乾いたタオルをテギョンに差出し、部屋へと促すジェルミに軽く頷きかけることで礼を返し、見透かすような冷たい視線を向けるシヌを無視して歩き出した。

 自分の部屋のドアを閉め、熱いシャワーを浴びようと踵を返しかけたテギョンの目に、ふと、あの日…彼の偽の誕生日に祥子から贈られた楽譜が目に入った。
 棚に仕舞われた楽譜に手を伸ばし、
 「…っ」
 ふいに熱い涙がこぼれる。
 愛していたわけではない。
 愛されていたわけではない。
 それでも…。
 テギョンの小さな嗚咽を、誰も耳にするものはいなかった。

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 『ドラマ撮影終了の打ち上げが終わったら、ここに来て頂戴。全部話してあげる。このレストランのオーナーは私の父の古い知り合いだから秘密は守られるし、二人っきりではないからつまらない噂を助長したりしないわ。まあ、ちょっと面白い記事は出るかもしれないけど、あなたや私のスキャンダルには間違ってもならないわね』
 テギョンの質問には一切答えず、祥子はいつものように一方的に通達して電話を切った。
 祥子の中ではテギョンが来ないことは一切念頭にないし、またテギョンもこのまま祥子を切ることができなかった。
 何も生み出さなかった関係だ。
 二人の汚点となるはずだったスキャンダルも事務所がうまく抑えた。
 このまま、すべてに蓋をしたまま終わりにした方が良いことはテギョンにもわかっていた。
 …本当に?
 テギョンは煌々とついた電気の下で、相変わらず眠れぬ夜を過ごすためにそっと目を瞑った。
 彼の耳に繋がれたMP3のイヤホンからは、あの偽の誕生日の日に贈られた楽譜の美しい曲の調べが、いつまでも、いつまでも彼の騒めく心を慰撫するように流れ続ける。
 いつの日も、音楽だけが彼の冷たく凍える心に寄り添ってくれるのだった。

 「…久しぶりだね、祥子」
 記憶にあるよりも幾分か老けて、だが脂にのった男の魅力を今なお増し、彼…ファン・ギョンセは祥子の前に立った。
 「お久しぶりね、ギョンセさん。何年ぶりかしら、お噂はかねがね伺ってましたけど、ますます素敵になられたのね」
 テギョンの知る祥子よりいくぶんか少女じみた悪戯っぽさを含んだ笑みで、ギョンセに小首を傾げる。
 ギョンセの記憶の中の祥子より遥かに魅力をました女性が、懐かしくそして眩しかった。
 「君は素晴らしく綺麗になった。昔もとても可愛らしい人だったけれどね」
 臆面もなく誉めたたえるギョンセの言葉に、祥子はわずかに苦笑した。
 昔の自分だったら、そんなギョンセにとっては挨拶とかわりもない一言一言にも頬を染め、有頂天になっただろうけれど。
 「…、ソヨンさんも相変わらずお美しい」
 ギョンセは祥子の脇に控えるソヨン…めぐみにも柔和な笑みを浮かべて会釈する。
 堅い表情を浮かべたまま、めぐみもそれに答えて会釈を返した。
 「ご無沙汰しております、先生…」
 レストランの個室を借り、数年ぶりに祥子とギョンセ…、そしてめぐみは再会した。
 突然、この数年まったく音沙汰のなかった祥子からの連絡をギョンセは何と思ったのか、その柔和な笑みからは測り知れない。
 …断れるはずはなかったでしょうけれど。
 「息子がどうやら、世話になっているらしいね…」
 回顧に浸り、昔の自分に戻りかけた祥子もその一言で、今の自分に戻る。
 ファン・テギョン。
 彼女の愛した男の息子。
 彼女の美しいペット。
 ギョンセが自身の握りつぶした、最愛の息子のスキャンダル記事の内容を知らないはずがなかった。
 そして、その記事を故意的に流失させた人間の意図も…。
 「君は、私を恨んでいるのかい?だから…」
 「…恨んでなんかいないわ。そんなつまらないことを私が気にするなんて、ありえない。許せないもの」
 即座に言い切る。
 「では、なぜ、テギョンに近づいたんだい?君は最初から知っていたのだろう?テギョンが私の…」
 「あなたとモ・ファランの息子だって?」
 ギョンセがその柔和な笑みを一瞬ひっこめて、眉間を険しくする。
 「もちろん、知っていたわ。あなたが私の何が気に入っていたのか、あの子がなぜ私を拒絶できなかったのか…」
 8年前、38歳のギョンセと18才の祥子は、有名な世界的オーケストラの指揮者と日本の新人女優としてではなく、祥子の父親が趣味で支援する音楽界のパーティで知り合った。
 端正な美貌と、年齢相応の鷹揚で上品な仕草、世界的に活動する男の自信が眩しいギョンセに祥子は一目で恋をした。
 我儘でその頃から奔放にすぎるきらいのある少女ではあったが、彼女なりの純粋な思いだった。
 そして、ギョンセもまた、そんな彼女に惹かれてゆく。
 どこか懐かしい、美しいあの女の面影を宿す少女。
 自覚しながら、ギョンセは一定の距離感を保ちながら祥子との刹那的な恋を楽しんでいた…つもりだった。
 あくまでも冷静で大人なギョンセに比べて、祥子は完全にギョンセに溺れていた。
 ギョンセは祥子を見誤っていたのだ。
 モ・ファランの時と同じく。
 祥子はモ・ファランと面差しが似ているだけでなく、その性質にも似たところがあった。
 よく言えば情熱的、悪く言えば思い込みが激しい。
 一見年齢を重ねただけ柔和な印象を持つギョンセは、音楽の世界に身をおく天才的な才能にふさわしく基本的に気難しく、我儘。
 そして、祥子もまた類まれな美貌と才能を持ち、裕福な家庭に育った者特有の我儘さと気まぐれを持っていた。
 そんな二人の人生が永続的に交わるものになるはずもない。
 すぐに気が付いたギョンセは距離を置こうとした。
 そんなギョンセに気が付き、ますます祥子はギョンセに執着した。
 そして、訪れた破局。
 未成年で18才の祥子と、離婚訴訟中とはいえ既婚者のギョンセのスキャンダルは祥子・ギョンセ双方にとって、致命的なスキャンダルだった。
 そのスキャンダルを恐れたのが、ギョンセだけでなく、祥子の所属する事務所の若き社長・高木健吾。
 祥子とめぐみの幼馴染みであり、めぐみの恋人だった人物。
 そして、めぐみもまた幼い頃に両親を亡くし、祥子の家で姉妹同然に育ち、彼女の才能を愛していただけに、祥子の将来をつぶすようなスキャンダルをよしとしなかった。
 結果…、韓国で知名度を伸ばすことができず、女優として大成する見込みのなかっためぐみは、ギョンセとの恋愛スキャンダルを起こす。
 めぐみもまだ21歳という若さだったが、未成年ではなかった。
 また、めぐみはすでに自分の女優としての才能に見切りもつけていた。
 恋に盲目になっていた祥子に、それらのカラクリは知らされていなかったのだ。
 …また、めぐみが選ばれるっ!
 よく似た容姿をもつ祥子とめぐみは、幼い頃から何かと比較され続けてきた。
 少なくとも祥子はそう感じていた。
 初めて好きになった高木は、めぐみを選んだ。
 もちろん、めぐみよりもさらに6才も年上だった高木にすれば祥子など子供もよいところで、最初から恋愛対象にもならなかっただろう。
 だが、祥子の父親も我儘で扱いずらい祥子より、この温和な姪を可愛がっていた。
 祥子が愛する人は、祥子でなくめぐみを選ぶ…。
 それでも、時がたち当時の真相を知り、祥子は立ち直った。
 めぐみや高木に感謝はできなくても、許すことはできた。
 それだけ、女優という仕事を愛していたこともある。
 もしあのまま、自分との将来を考えないギョンセとのスキャンダルで、女優という未来を潰されていたら悔やんでも悔やみきれない。
 ギョンセを愛することと、女優という仕事を愛することは比べるべくもないほどに、祥子にとって重いものだったのだ。
 だが、ある日、知ってしまった。
 自分に似た女がもう一人いたことを。
 めぐみのような血縁による基本的な類似ではない。
 むしろ、顔形に似たところはなかった。
 だが、その性質が魂がよく似通った女…、それゆえに面影が重なる女、モ・ファラン。
 美しくも我儘で傲慢な、韓国芸能界の女王。
 ギョンセがめぐみを利用して自分を捨て去った時よりもなお深く、彼女のプライドが引き裂かれた。
 彼女が愛した男が、彼女を愛した理由…いや、愛してさえいなかった。
 愛して愛されて捨てられたのならまだ我慢ができる。
 だが、愛されてさえいなかったのなら。
 彼女の中に他の誰かを見て、他の誰かと過ごしていたというのなら。
 すべての存在理由を否定され、祥子の中の純粋さが死んだ。
 そして、あの日、止まらぬ血の涙を流しながら、プライドにかけて心の傷を見て見ぬふりをして走り続けてきた祥子の目に、あまりにも残酷な美しい現実が降り立ったのだ。
 祥子の愛した男と、その男の愛した女の面影をもつ青年。
 美しい、彼女の王子様、ファン・テギョン。
 「…恨んでなんかいない。でも、憎まずにいられると思う?私を全否定したのよ?この私をっ!」
 カチャ…、キ~、
 ドアの空けられる音に、祥子は激高しかけた声音を沈め、溜息を一つ吐く。
 振り向いたギョンセとめぐみの目の前には、祥子の独白を立ち聞きし、青ざめた顔を向けたテギョンが立っていた。
 「どう?最高でしょ?あなたたちがあれほど気に病んだ、未成年者とのスキャンダル。私と彼が再現してあげたわ。ついでに、めぐみ、あなたの登場もあの時のまま。まあ、あなたたちに握りつぶされちゃったから、あまり大事にならなかったのは残念だったけれど、この子にとっては良かったわね」
 場違いなほどに妖艶な微笑みは、どこか引き攣れて歪んでいた。

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 週刊誌のスッパ抜きから1週間、一部ネット情報を除いて、テギョンのスキャンダル記事は沈静化をみていた。
 もともと時期を見ていたメンバー内のジェルミと某アイドル歌手の交際宣言、やらせ感満載と芸能界事情を知る人々には見え見えの某大物俳優の恋人発覚記事、本来は非公開かつ身内だけの質素婚のはずだったファン・ギョンセの盛大な結婚披露宴の報道が一斉に噴出。
 それらが重なって、世間の話題は沸騰した。
 それに比べて、うがった見方をしてやっと疑いを持てるようなテギョンと祥子の記事など大した話題性はなかったし、ましてや数年前に起こった無名の女優とのスキャンダル記事など、A.N企画とテギョンの実家ファン家の圧力の前では何の問題にもならない。
 また、この記事はテギョン本人よりも、むしろギョンセにこそ痛い記事であったから、積極的にテギョンの実家が協力してくれたのだ。
 そして、テギョンは目の前の仕事に打ち込み、祥子のことを忘れた。
 もともと、祥子のことを考えることなど稀で、思い出したような彼女の呼び出しで、思慕とも苦痛とも知れぬ屈辱感とともにテギョンの心を一時占め、そしてまたほとんど忘れ去ることが日常的だった。
 だが、今回はとぐろを巻くような暗い予感が、あえてテギョンに祥子のことを思い出させるのを拒んでいる。
 …このまま、何事もなかったように連絡を絶てば。
 ドラマ撮影もあと、一回を残すところとなり、韓国で活動を続けるとはいえ本拠地を日本にもつ祥子との接触など皆無に等しい。
 もう、逢わなければいい。
 二人の間には最初から何もないに等しく、そして深く掘り下げればテギョンを滅多打ちにする何かが横たわっていた。
 携帯電話が鳴るたびに、動揺する自分を知るのは苦痛だった。
 だが職業柄、電話の電源を切ることは許されない。
 そして、いま共演者である祥子のアドレスを着信拒否にするのも、不測の事態を考えれば好ましいことではない…はずだ。
 だから、この一週間テギョンは懐の携帯が鳴るたびに、一瞬体を固くし、動揺する自分に舌打ちを繰り返す。
 そして、彼女からではないことを携帯の番号表示で確認して、無表情になる。 
 ちょうど、音楽番組の収録の合間の休憩時間。
 テギョン以外のメンバーは楽器の最終チェックが長引いて、それに付き添ったマ室長とともにスタジオに残っていた。
 そのため、テギョン一人が楽屋で待ち時間をつぶしていた。
 そして、今日の夕方には祥子とのドラマの最終撮影が待っている。
 ずっと、祥子との撮影がなく、ほかの共演者たちとのからみのみだった撮影の大詰だった。
 RuRuRuRuRu…、RuRuRuRuRu…。
 「…っ」
 一瞬、手に持った携帯を凝視する。
 そして、強張った体の緊張を、溜息一つで緩めた。
 「…はい」
 『こんにちは。私の王子様は元気だったかしら?』
 いつも悪意に満ちて、蠱惑的な祥子の声はいつもと同じく、何事もなかったようにあまりにも普通だった。
 「ええ、おかげさまで。中々刺激的な話題を提供されたおかげで、事務所と宿舎に缶詰めに近い状態はありましたけどね」
 祥子は小さく含み笑った。
 『あら、良かったじゃない?ここのところ退屈してたでしょ。たまには刺激もなくっちゃ』
 「…あなたにとっても、多少痛い話だったのでは?」
 週刊誌の記事を見た時から、何か得体のしれない不快感がテギョンを支配しようとしていた。
 祥子と言葉を交わせば、その不快感…ハッキリいえば不安感が形になりそうで自分が忌避していたことを祥子からの着信を受けた時に自覚した。
 だが、祥子の悪びれない普段通りの態度に、テギョンは自分の頭がスゥ~っと冷えるのを感じる。
 「あなたですね、あのスキャンダル記事」
 『あら、どうして?』
 「あなたしかありえない。あなたとの記事は、誰でも書きえたでしょうけど、なぜ貴女のマネージャーなんです?なぜ、あなたの御用達のクラブなんです?そして、あえて貴女が誤解できるようにセッティングしていたとしか思えない…今となっては」
 『…』
 「あなたとの記事を揉み消すためですか?あえてあなたのマネージャーとの記事の方が、自分と未成年者の僕とのスキャンダルより目暗ましになるとでも?しかも、俺の父と噂があった女性だ!」
 …あなたは知っていて、自分の従姉妹を利用したのか?いや、知っていたのならなぜ、俺と彼女を近づけた!?
 だが、事実は逆のはずだ。
 テギョンの直感が告げている。
 祥子は最初から、テギョンを利用するために彼に近づいた。
 「でも…なぜなんです?」
 なぜ、なぜ、なぜ。
 それだけだ。
 祥子が最初からテギョンを利用しようと近づいてきたにしても、理由がわからない。
 ドラマの話題性?そんなわけがあるかっ…。
 祥子が未成年のテギョンと噂になる自体危険だったはずだ。
 そして、自分で自分の記事を流出してまで、めぐみとテギョンのスキャンダルを世に出したかった理由…。
 ダミーは祥子とテギョンとの記事。
 テギョンの事務所とファン家に記事を揉み消させないために。
 「…っ!父ですか?あなたの狙いは、俺の父親ファン・ギョンセだったんですね!?」
 電話の向こうで、ふっと、空気が動いた気配がした。
 『完璧な器にのみ、完全なる調和は飛来する。いくら器が完全だとしても、完全なる調和なんて存在しないのよ、あなたはそう思わない?モ・ファランの王子様?』

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 「テッギョ~ン!これはどうしたことだ!!」
 頭を抱えたアン社長は、こんな事態にも無表情を保っているテギョンを甲高い声で詰問する。
 テギョンは目の前のコーヒーテーブルに積み上げられた週刊誌を取り上げ、記事を黙読した。
 記事の真ん中には、お気に入りのサングラスで顔の半ばを隠した祥子と、テギョンの日本でのツーショット写真がデカデカと飾られている。
 どれもこれも、祥子との恋愛スキャンダル記事だ。
 いや、未成年のテギョンと何かと恋愛関係で派手な噂のある祥子とでは、恋愛というより不祥事記事に近い。
 …しかし、なぜ、今頃こんなものが。
 ジェルミがネット上で拾ったスキャンダルをテギョンが確認して間もなく、アン社長から呼び出しの電話が入った。
 幸いその日は、雑誌のスティール撮影が一本入っていたのみで、あとは事務所での打ち合わせだったため、早急に撮影をこなし直行した。
 そして、目の前に突き付けられたのは、このスキャンダル記事である。
 おおよそはネット上の記事と同じだったが、どれもこれも日本で撮影された数か月前の写真ばかりで、あとは目撃情報のみだ。
 「…今更なんだ。こんな数か月前の記事を出してきて」
 「なんだとはなんだ!日本でも忠告したぞ。ドラマもそれなり好調だってのに、こんな記事が出回ったらマイナスもいいところだ!」
 普通の同年代同士、さわやかな関係ならともかく、確かに若年アイドルとしては致命的なものになるかもしれない記事だった。
 「どうせ、差し押さえたんだろ?明日発売?」
 あくまでも冷静なテギョンに、思わず立ち上がっていたアン社長は大きく溜息をつくと、ソファーに倒れ込むように勢いよく座った。
 「ったく、危機一髪だったぞ!沢渡祥子が韓国に来てるから、またあの悪夢再び!とこっちも警戒していたから良いものの。…とりあえず、一面記事は抑えた。数か月前の記事ったって、お前は今別件でも注目されているだろう?」
 父ファン・ギョンセの結婚が取りざたされていた。
 クラシック界のこと。
 本来はあまり話題にされない立場なのだが、ギョンセがA.N.JELLのファン・テギョンの父親であることは知られている。
 その相乗効果もあって、現在、双方特に注目されている立場なのだった。
 「お前に何かあったら、お父上のところへも飛び火するぞ?わかってるのか?!」
 確かに、公式的にも私的にも未成年の自分の保護者であるギョンセの顔もつぶすことになるだろう。
 数か月前はしょせん海外のことと高をくくっていたのと、元々人の目を気にしないこともあって、少々油断しすぎていた感はある。
 しかし、韓国に帰国してからは、祥子自体が用心深かったため、今もって尻尾をつかまれるとは思っていなかった。
 「この程度の記事、社長なら簡単に揉み消せるただろう?」
 ホテルの真ん前で撮られたとかいうならともかく、日本での写真はブティックやらカフェでの写真くらいなもので、韓国でのスクープに至っては、常に第三者が映っていて、そのおもたる人物は祥子のマネージャーのめぐみだ。
 穿つ見方をすれば不潔な関係と見られるかもしれないが、この程度で日頃のクールで潔癖なイメージのテギョンがまさか!?…というやつである。
 実際、祥子との関係を結ぶまで、テギョンに浮ついた噂は一切なく、付き合い自体もほぼなかった。
 「まあ、ともかくだ。くれぐれも行動に気をつけてくれ。いくら共演俳優とはいえ、もう沢渡祥子とは個人的に会うな、アンダースタ~ンド!??」
 「…」
 肩をすくめ、テギョンは返事をしない。
 と、
 「しゃ、社長!」
 一冊の雑誌をもって、社長秘書がドアを開けて入ってきた。
 「ああ?なんだ?」
 「こ、これを!!」
 雑誌を受け取ったアン社長の顔色がみるみる青くなり、赤くなる。
 「て、て、ててテギョン!お前!キム・ソヨンとも関係があったのか~!?」
 「…も?」
 不信に眉根を寄せるテギョンに、今受け取ったばかりの雑誌を押し付けるように渡す。
 「よりによって、キム・ソヨンに手を出すなんて~ああ~」
 頭を抱えて突っ伏してしまう。
 「…キム・ソヨン?」
 聞き覚えのない名前の女は、さきほどの祥子とのスキャンダル写真の端に移っていためぐみの顔だった。

 韓国名…キム・ソヨン。
 日本人の父親と韓国人の母親との間に生まれた日韓ハーフ。
 幼い頃を日本で過ごし、16才から21才までの5年間を韓国の芸能界で、女優として過ごした。
 それほどの知名度を持つことができた女優ではなかったが、一つのスキャンダルが世間をそれなりに賑わせ、多少の記憶を人々に残すこととなった。
 クラシック界のサラブレッド、天才指揮者ファン・テギョンとの不倫スキャンダル。
 当時38才のギョンセと21才のソヨンとの年齢差、当時離婚調停中だったギョンセとの恋愛は、それなりに不祥事だった。
 ただ、短期間の交際で二人は破局したことと、ソヨン自身がそのスキャンダルがきっかけで芸能界を去った事、ギョンセの活動拠点が海外であることが、それほど長く世間に残らない結果となった。
 それが、8年の時を得て、再びギョンセの息子と当時の当事者ソヨンが並ならぬ関係に…、話題にならないはずがなかった。
 「…身に覚えがない。と、いうかまったく無関係だ」
 写真は、ソヨン…めぐみが祥子との仲立ちにたって、テギョンを祥子のもとへ案内する場面を悪意を持って捕えたものばかりだ。
 ホテルのラウンジ、クラブのエントランス。
 見ようによっては、ほかの祥子とのスキャンダル記事がこのめぐみとの関係を隠す隠れ蓑に見えなくもない。
 実際は逆なのだが、知名度はともかく、8年前の父親との記事がある以上、よりショッキングなのはめぐみと並ならぬ仲である…という推測であることは確かだった。
 取り上げているのは一社だけだったが、その写真はテギョンに衝撃を与えた。
 有名女優である祥子との写真ならともかく、一見してあのキム・ソヨンであるなどとわからぬ一介のマネージャーとの記事がなぜ、表に出る?
 しかも、まるでダミーのような祥子との記事の中で紛れ込むように、明確な毒をもって詳しく悪意を散りばめ。
 …この写真、あの会員制クラブだ。
 それは、以前に祥子に呼び出され、めぐみに案内されて時間を過ごしたクラブの出入り口での二人だった。
 あの時、確か、祥子は自分で呼び出しながら、具合が悪いとすっぽかした。
 だから、クラブに入ったのも出たのもテギョンとめぐみの二人。
 そのあと、テギョンを祥子の泊まるホテルに案内したのもめぐみだった。
 祥子の泊まっているスウィートルームまで、めぐみが案内し、祥子の姿を見たものはないだろう。
 宿泊履歴を調べれば一目瞭然のようだったが、めぐみは祥子の実の従姉妹だ。
 どうとでも、うがつことができる。
 案の定、クラブを出入りする二人の次の写真は、ホテルに消えるテギョンとめぐみのツーショットだ。
 …ハメられた。誰に?
 ハメられたとしたらあの日、テギョンとめぐみはクラブに訪れることがわかっており、祥子が現れないとわかっている人物のみだ。
 そんな人物など、決まっている。
 テギョンは、震える手で握った週刊誌を閉じた。

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